すたすたすた。

足音軽く若い忍びが月夜道を歩く。
季節は秋分。
夜闇が寄せる刻も早くなれば、頬を掠める風も切るように冷える頃。
ともなれば、帰路を進む足も自然と速くなる。
忍は、体が冷え切る前にと先を急いだ。

その忍の背には、赤い衣の子供がひとり、
尾のように束ねられた赤毛をふわふわさせて
その背に揺られていた。
それはまだ幼い、忍の主であった。

主人の希望に応え、少しならと、ふらりと二人で出掛けた散歩だったが、
途中でまさかのにわか雨に見舞われた。
仕方なくしばらく木陰で雨宿りをしていたが、雨の止む頃にはとっぷりと日は暮れてしまった。

よって、いつもより急いで帰らなければなくなったわけで。
すたすたすたとかけるような早足で歩く忍びに子供は、


はやいな。


と、感嘆の声をもらした。
忍は、


みんなしんぱいするから、はやくかえらなきゃ。


と、答えた。

佐助と呼ばれた忍の口調は、主に対するものとは思えぬものであったが
当の主人である子供は、当然のように接していた。
否、これが彼らには当然のことだった。
周りの者がいくら助言しても、主がそう望めば忍に拒む理由はなかった。

忍は、


べんまるさま、さむくない?


と、問うた。
すると弁丸と呼ばれた子供は、忍の衣をぎゅっとつかみなおすと


さすけのせは、ぬくいしここちよい。しんぱいするな。


とかわいらしく笑った。

その背に感じる熱は、この寒さを忘れるほどにあたたかった。
佐助もそれは感じていた。
だが、


それはあんたの体温が高いからで、俺が暖かいわけじゃない。


佐助はそう思っていた。
この主人を背負うたび、抱きしめるたび、触れるたび


この世にはこんなにも暖かいものがあったのか


と、思う。

若い忍びがそれまで住んできた世界には
こんな暖かさは無縁のものであったから。
もう、主に仕えてかなり経つが、その思いはいまだ変わることはなく、
佐助の心に根付いている。

それでも、佐助はそんなことは口には出さず、


でも、やっぱりひえるからさ、はやくかえりましょ。


と茶化した。
子供は、


うむ。


と一言だけうなずいた。








どんどんと気温の下がる散歩道を
忍と忍に背負われた子供が行く。

その先を照らすのは、細い細い月明かりだけ。
闇に強い目で良かったと佐助は思った。
こんな頼りない光でも、道を外れることはない。
にわか雨を呼んだ雲は、今はもう彼方。
それだけがありがたかった。


「さすけ、さすけ」


急に後ろの主が忍の名を呼んだ。


「なに?」


佐助は足は止め、主を見やった。
振り向いた先の主の目は、佐助を見ておらず、天を向いていた。


「わらっておる」


その満月のような真ん丸な瞳をさらに見開き、つぶやいた。
佐助も、その瞳の先を見る。




「きょうのつきは、わらっておる」




きれいだな、さすけ。と、主は言った。




今宵の月は綺麗な三日月。
なるほど。と佐助は感心した。
二人のゆく夜闇を照らすには、心もとない月ではあれど
そのやわらかな光と形は確かに「わらう」という表現に相応しいような気がした。


そうか、そういう表現もあるのだな。




「そうですね」




佐助もぽつりと零した。
主はまた


「うむ。」


と一言だけ、満足そうにつぶやき、笑った。
佐助もつられて微笑んだ。








そしてまた、歩き出す。
足取りは軽い。

弁丸はもう一度だけ


「さすけのせは、ほんとうにぬくい」


と言った。
佐助は、


「べんまるさまもあったかいよ」


と、応えた。







暖かな部屋まで、もう少し。












つきだけがみていたはなし
(散歩道で)
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ときに子供は詩人になる