「今日は俺が茶を淹れてやろう。」

何を思ったか、珍しく幸村がそう言い出した。










その日は、別段いつもとなんら変わらぬ日だった。
いつものように幸村が庭で槍を振るい汗を流しており
いつものように佐助は、まだ芽の開かぬ桜の木の上からその光景を眺めていて、
いつものように鍛錬を終え一息ついた幸村に
いつものようにひらりと木から降りたって、お疲れと手ぬぐいを渡した。



「毎日精がでるこって。」
「なに、日々鍛錬あるのみよ。お前もたまには付き合え。」
「また考えときますよ。」



そしていつものように二、三言葉を交わした後に





「さて、それじゃ俺様はお茶の準備でもしましょうかね。」





いつものように茶の準備をしようとした。

すると、幸村は少し考えた後に





「今日は俺が茶を淹れてやろう」
と言い出したのだ。









「ええ・・・一体どんな風の吹きまわし?って言うかさ、先に着替えなよ。」

「お前にいつも任せているからな。偶にはいいであろう?」




そう言うと、幸村は先程まで振り回していた鍛練用の二槍を佐助に預けさっさと行ってしまった。
仕方なくその場に残された佐助は、幸村に押し付けられる形となったそれを片づけることにした。


しかし、急に可笑しなことを言いだす主様だ。
まあ、旦那が突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことじゃないけれど。


そう思い天を仰げば、どこかでウグイスがほけきょと鳴いた。






槍を片付け、暫く縁側で待てば
待たせたなと、茶を乗せた盆を手に幸村が戻ってきた。
幸村は佐助の言いつけを守ったらしく、きちんと着物に袖を通した姿だった。
盆を床に直に置き、佐助の横に腰掛ける。
盆の上には、ゆらゆらと湯気が舞うそろいの湯飲みが二つと、見慣れぬ奇麗な菓子が置かれていた。
それは明らかに、団子ではない。




「なにこれ?」

「落雁だ。知らぬのか?」

「それは知ってる。砂糖菓子だろ?流石に食べたことはないけどね。」

「なんと、お前はこれを食べたことがないのか?」

「そりゃ、一介の忍が口に出来るようなもんじゃないでしょうよ。こういうのは。」




その菓子は、食べることを躊躇うほど美しい造形を模しており、一目でそこそこ高価なものだろうと察しがついた。
本来ならば落雁などは、高貴な茶の湯の薄茶点前などに供されるべき菓子である。
そんな上等なものが、縁側の盆の上にぽんと置かれているこの光景は、異様といえば異様だった。



「そうじゃなくてさ、俺が言いたいのは、なんでこんな上等なもんがここにあるのかってことなんだけど。」




すると幸村は一瞬言葉を詰まらせた。




「・・・」

「・・・どうしたの、旦那。」

「・・・以前、お舘様にいただいたのだ。」

「お舘様に?」

「・・・そうだ。お前に食べさせてやろうと取っておいたのだ。だから一緒に食べるでござる!」



しどろもどろと答える幸村は、確実に何かを誤魔化そうとしているようだったが、深くは聞かないことにした。



「・・・ふぅん。まあそいうことなら有難く頂戴い致しますか。」




自分に食べさせたいという想いが嘘でないようなら、そこまで勘ぐる必要もない。





一番小さな落雁をつまみ上げ、口へ放り込めば菓子の良し悪しなどに疎い忍にも
それが高貴で上品なものだと分かる甘さがふわりと広がった。



「甘い・・・けど、くどくなくて美味いね。砂糖の塊なのに。」

「そうであろう。」



幸村は満足そうに茶を飲み、落雁を口に含んだ。
佐助ももう一欠けら口に入れた。











ふと、幸村が何かを思い出したように口を開いた



「そう言えば、先日お前がくれた南蛮の溶ける菓子も甘くて美味かったな。」



「・・・」




今度は佐助が言葉を詰まらせたようだった。




「どうした、佐助?」

「・・・あれねぇ。でもあれはちょっと甘過ぎたかな。」

「そうか?俺には丁度良い甘さだったぞ。あれは本当に美味かった。」

「・・・まあ、旦那が気に入ったんなら良いんですけどね。」





そうして、いつものように二人で少し冷めた茶を啜った。

















暫くの沈黙の後、お代りのお茶を取ってくると言って佐助が席を立った。
幸村は、俺のも頼むとそんな佐助を見送った。








そしてまたウグイスが鳴いた。
















「・・・ばれたかなぁ」  「・・・ばれたであろうか」

















そのつぶやきは、ほけきょの声にかき消えた。


















秘め事は白日の下に晒された 














ばさらだからなんでもありさ!な感じ。
一応言葉遊びな感じで