上田の城で最もよく育った木の上、薄い桃色に紛れた佐助は、
欠伸を噛み締めながら、庭を見下ろしていた。
静かに吹き行く暖かな春風と、はらはらと散る花弁の舞いは
何時も以上に長閑な時間と、ささやかな安らぎを佐助に与え、
若干の眠気を誘った。



一時は、いっそこのまま眠ってしまおうかとも考えたが
庭で主が鍛錬に精を出している以上、それを見守るのが佐助の今の仕事であり
その光景を眺めているのは、実は彼の秘かな楽しみでもあったので、やめた。






吹雪とまではいかないまでも、風に乗る無数の花弁の中で、
舞うように槍を振るう、桜の桃より更に濃い幸村という紅蓮の華は、
その花弁を存分に揺らしながらも、未だ散りゆくことを知らず、
己が貫くべき花道を、咲き誇るその身で築き上げていくかのようだった。



それは終わり逝く桜の花弁とは対照的な存在でありながらも
兼ね揃える強さや儚さには、何か通ずるものを感じさせた。






花は桜木 人は武士 と謳われるが
昔の人間は上手いことを言ったものだと佐助は思う。



戦場では、鬼だ若虎だと称されるその姿も
今はただ、純粋に美しく見るものを圧倒する。






そして、それは佐助にとって羨ましいものでもあった。






別に、自分の生き方や運命をを蔑むつもりは毛頭ないし、
寧ろ、この生き様には彼なりの自信と誇りを持っている。



それでも、彼の魂が放つ輝きに憧れを抱くのは
その光の優しさゆえか、揺るがぬ強さゆえなのか。



その身は、陰であり闇を宿すものだと言うのに
身体は光を求め、心惹かれる。


昔の自分が今のこんな姿を知れば、一体どんな顔をするのやらとかれは思う。
今では、そんな自分に呆れることも可笑しい程、その輝きに魅せられてしまった。





しかしそれは、何時か小さな蓮華が零した種が、少しずつだが確実に
乾いた地に、根を張り芽吹いていた証拠でもあったのだが、
そんなことは彼も、また、彼の主も知らなかったし必要もないことだった。













ふと幸村は動きを止めた。そして少しだけ周囲を窺ったあと




佐助




と一言呼び、くるりとこちらを向いた。
目が合った。

どうやら自分を探していたらしい。



「ん?もうお仕舞い?」



佐助は木の上から問うたが幸村は黙ったままこちらを見ていた。



「なに?」



どうかした?と、佐助が更に問うと、幸村は少し間をおき






「お前、全く忍べておらぬな。」






と、楽しそうに ふふ と笑った。



「・・・何それ、嫌味?」


「そうではない。」



訝しげな顔をした佐助に、幸村は違うのだと、何故か嬉しそうに言った。







「お前は、桜によく映えるな。一瞬見とれてしまった。」




「・・・はあ?」







佐助は呆れて言葉も出ず、ただ聞き返すしかできなかった。
しかし、当の幸村はさも当たり前のようにさらりと続けるのだった。






「お前のその深緑と橙が、桜色に引き立っている。」






綺麗だ。






と、柔らかに笑った。



一体、なんの責苦だと佐助は思った。

なんとも痒い。








「・・・なに小っ恥ずかしいこと言ってんだよこの人は。忍びが目立ってちゃ本末転倒だろ。」


そんな腹のうちは隠し、ぼやく佐助のつぶやきに
幸村は至極真面目な顔で考え込みだした。




「ふむ、それもそうだな・・・よし、今度桜にも忍べる装束を見繕ってやろう。」



「げぇ・・・そんなもん使い道ねえだろ!!そんなもんに金使うなら昇給してくれよ!!」



真剣にとんでもない提案をし出す主が、
さっきの男と同一人物かと思うと、佐助は頭を抱えるしかなかった。










その間も桜ははらはらと二人の間を舞い落ち、庭の隅では、蕾が揺れていた。


















華散るらむ 














花は桜木 人は武士
佐助はきっと、本来の意味では使わない