「何やってんだ小十郎?」

たまたま部屋の前を通りかかった政宗は、開け放したままの箪笥の前で座り込んでいる小十郎に声をかけた。

「探しものか?」
「これは政宗様。実は爪切りを探していたのですが・・・」
「What?」


隣に座り、覗き込むと、
爪切りを探していたはずの彼の手には別のものが握られていた。

「耳かきじゃねえか。」
「はい、耳かきにございます。」

それは、梵天部分の毛が少し薄くなってしまっている耳かきであった。
「政宗様は小さかった故覚えていらっしゃらないかも知れませんが、昔はよくこれで政宗様の耳掃除をしたものです。」
「あー・・・覚えてるぜ。冗談でも上手いとは言えなかったからな。」
「・・・そうでしたか?」
「都合のいいことばっか覚えてるんじゃねえよ。」

よくお前には泣かされたもんだぜ。と皮肉交じりに冗談を言えば、
その節は申し訳ありませんでした。と糞真面目に返ってきた。
昔から、小十郎は変なところで堅い。


「そんなもん、気にしてねえよ。俺がやれって催促してたんだろ。」
「・・・そういえばそうでしたな。」




どんなに小十郎が下手であっても、政宗は小十郎以外の膝に体を預けようとは思わなかった。
それは一度も彼にも彼以外にも言ったことはなかったが、
その仕事を人に譲らなかったということは、小十郎もそのことに薄々気づいていたのだろう。
そして政宗と小十郎のそんな関係は、今の関係に続いているのかもしれない。







そんな時、ふと政宗にちょっとした悪戯心が沸いた。

「それ、貸せよ。」

小十郎の手から耳かきを取り上げると、彼を引き寄せた。

「ま、政宗様何をなされます?!」
「今日は俺にやらせろよ。」



耳かき。と、にやりと笑った。



「政宗様にそのようなこと!」
「ha!俺がやらせろって言ってんだぜ?大人しく言うことを聞け。」


政宗がそう言い出せば、小十郎はもう何も言えない。
仕方なく、小十郎は大人しく政宗の膝に横になることを選んだ。
若干・・・否、かなりの気恥ずかしさを抱えながら。


当の政宗は上機嫌である。



「へえ、こんな眺めなのか。意外とよく見えるもんだな。」
「・・・早く始めてください。」
「そう焦んなよ・・・」






ふぅーっ






急に耳に息を吹きかけた。



「まっ政宗様っ!!」
「んだよ、ちょっとしたjokeだろ?今度はちゃんとやるから早く横になれよ。」


驚き飛び起きる小十郎に、悪戯が成功した政宗は子供のようにけたけたと笑った。


「・・・冗談もほどほどにしてくだされ。」
「わかったわかった。」



未だ笑いのとまらぬ政宗に、小十郎はため息をつくしかなかった。








再開された政宗による初めて耳かきは、なかなかに上手いものであった。
それ故、とても気持ちはよかったが、やはり気恥さが勝っていた。
あんな小さかった膝に、まさか自分が横になる日がこようとは。
あの頃は夢にも思わなかっただろう。



「・・・お上手ですな。」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ。」



素直にほめれば、得意げに返事が返ってきた。
こういうところは昔となんら変わらないなと、小十郎はこっそりと思う。
立派になってくれたことを喜びつつも、昔と変わらぬ一面に
何故か安心感を覚える自分は、矛盾しているのだろうか。








「なあ、小十郎。」

急に政宗が声をかけた。

「何ですか?」
「・・・やっぱ何でもねえ。」



明らかに何か言いたげな主に、小十郎は何かを悟り微笑した。



「・・・後で政宗様にもして差し上げましょう。」
「何も言ってねえだろ。」
「おや、よろしいのですか?」
「・・・」

「・・・」

「・・・頼む。」




小さく答えた主に、小十郎は、今はまだこれでいいのだなと思うことにしたのだった。












三月三日 
伊達さんちの場合

三月三日は耳の日と押して参るSSS  その2